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東京地方裁判所 昭和31年(行)49号 判決

原告 学校法人並木学園

被告 東京都渋谷税務事務所長・東京都知事

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告東京都渋谷税務事務所長が昭和二九年一二月一五日付でした原告の昭和二四年四月一日から昭和二五年三月三一日迄の事業年度に関する事業税の賦課決定を取消す。被告東京都知事が昭和三〇年一一月二四日付でした右事業税賦課決定に関する原告の異議申立を棄却する旨の決定を取消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因及び被告らの主張に対する反論として次のとおり述べた。

一、原告は、もと財団法人並木学園と称し、女子洋裁学校文化服装学院を経営していたが、私立学校法の施行により昭和二六年三月一四日学校法人となり、服装に関する大学即ち文化女子短期大学、各種学校即ち文化服装学院を設置している。財団法人並木学園は、その寄附行為に定めるとおり、女子に必須なる服装に関する知識技能を授け兼ねて婦徳を涵養することを目的としその目的達成のため、文化服装学院の維持経営、服装に関する図書雑語の刊行、服飾雑貨の販売等の事業を行うために設立された営利を目的としない法人であつた。したがつて財団法人並木学園に対しては課税はなかつた。

二、被告東京都渋谷税務事務所長は、昭和二九年一二月一五日に至り、原告の右財団法人当時の目的事業である服装に関する図書雑誌の刊行(以下出版事業という)、及び服飾雑貨の販売(以下物品販売事業という)をもつて、昭和二四年四月一日から昭和二五年三月三一日迄の事業年度(以下本件事業年度という)における収益を目的とする事業なりとして、原告に対し地方税法による事業税を課し、徴税令書は同年同月一六日原告に到達した。その課税標準額は二一、四四一、二〇〇円であり、税額は二、五七二、九四〇円である。原告はこれに対し昭和三〇年一月一二日被告東京都知事に対し異議の申立をしたところ、同被告は同年一一月二四日右申立を棄却し、その決定書は同年一二月三日原告に送達された。

三、しかしながら、被告税務事務所長のした本件課税決定は次の理由により違法であり、したがつてこれを容認した被告知事の本件決定も違法である。

1(一)  地方税法(昭和二三年法律第一一〇号)の第六三条には事業税は法人(民法第三四条の法人を除く)に課することとなつていたのが、昭和二四年法律第一六九号「地方税法の一部を改正する法律」により第六三条第一項は「民法第三四条の法人を除く(但し収益を目的とする事業を行う部分についてはこの限りでない)」と改正された。更に昭和二五年法律第五〇号「地方税法の一部を改正する等の法律」により、昭和二五年四月一日以後に於て地方税法の全部を改正する法律が施行せらるまでは昭和二五年一月一日の属する事業年度分の事業税……等は徴収できない旨定められ、この法律は同年四月一日施行となつた。昭和二五年七月三一日法律第二二六号により地方税法が全面的改正され、附加価値税を採用することになつたけれども、その実施に困難があつたため、昭和二五、二六、二七年度分の事業税を存続させることとし、同法第七四〇条は、昭和二五年度とは昭和二五年一月一日の属する事業年度から昭和二六年一月一日の属する事業年度の直前の事業年度までの間の事業年度分であるとした。しかし同法附則第二項において、地方税法(昭和二三年法律第一一〇号)及び地方税法の一部を改正する等の法律(昭和二五年法律第五〇号)は廃止されたので、旧法による事業税の賦課徴収は出来なくなつたといわなければならない。しかも旧地方税法の規定に基いて課し又は課すべきであつた地方税(法人の行う事業に対する事業税にあつては昭和二五年一月一日の属する事業年度の直前の事業年度以前の分)についてはなお旧地方税法の規定の例による旨附則第三項において規定しているが、この分は昭和二三年四月一日ないし昭和二四年三月三一日迄を指すことは明らかであるから、本件事業年度(自昭和二四年四月一日至昭和二五年三月三一日。原告からいえば昭和二四年度であり、右全面改正法からいえば昭和二五年度)の事業税は、同法附則第一項の適用を受ける一応の筋合となる訳である。しかしながら、同法附則第二項において旧地方税法が廃止されていることは右のとおりで、本件事業年度の終了した後である昭和二五年七月三一日公布施行された法律によつて遡及して課税することとなつた訳であるが、旧法が廃止された以上課税徴収権は特別の規定のない限り消滅することは当然で、新法にはなんらこれに関する規定がないから原告の本件事業年度分については、もはや賦課徴収権はないといわなければならない。附則第三項にいわゆる従前の例による課税徴収は、昭和二五年一月一日の属する事業年度を含まないことはいうまでもない。しかして被告税務事務所長は、新法に基いて本件課税をしたのであるが、即ち前記のとおり旧法廃止により免税せられているにもかかわらず附則第一項により課税したのであるが、この規定は、旧法が廃止となつてもなお課税徴収については旧法の適用があるというのでなく、全く新らしい立法によるものであるから、原告は既に消滅した義務を新たに遡及して義務負担させられるもので、明らかに原告の財産権の侵害であり既得権の侵害である。したがつて、新法第七四〇条の規定にいう昭和二五年度とは、同年七月三一日以降迄事業年度の継続する事業年度分を指すものと解すべきものであり、原告の如く同年三月三一日をもつて年度を終了し四月一日以後新年度となる法人については旧法廃止と同時に課税権が失われたものといわなければならない。もしそう解しなければ、新法の公布施行以前の事業年度に対して新法を遡及適用せしめ得ることとなり、原告の既得権を侵害する結果となつてしまうからである。

仮りに右主張が理由がないとしても、次の理由により少なくとも昭和二四年六月一日以前の所得に対する課税は違法である。財団法人の収益事業に対し課税する法律は昭和二四年五月三一日法律第一六九号であつて、本件事業年度は同年四月一日から昭和二五年三月三一日迄である。したがつて右法律の制定施行前は免税であつたから、たとい右法律により課税されることとなつても、その施行前に遡及することは原告の財産権既得権を侵害するもので許さるべきでない。したがつて昭和二四年四月一日から同年五月三一日迄の期間内の分に対して課税した処分は違法である。

(二)  本件課税処分の対象とされた収益は、収益を目的とする事業から生じたものではない。財団法人並木学園の目的事業は寄附行為第三条に規定せる如く(一)文化服装学院の維持経営(二)服装に関する図書雑誌の刊行(三)その他必要と認める事項であつて、本件課税対象とされた出版刊行物はいずれも服装に関する図書雑誌であり物品購売は学院生徒に対する教材で、市価よりも著しく低廉にて提供されており、文化服装学院の学生生徒に対するサービス事業で、法人の目的事業そのものである。ことに刊物については、財団法人当時から、昭和二六年三月組織を変更して現在の学校法人になつてからも、いずれも同一内容目的をもつて、継続出版しているもので、とくに雑誌「装苑」の如きは財団法人以来号を追つて発刊し現在に至つている。そもそも民法第三四条の公益法人は営利を目的とする事業を行うことはできない。従つて非課税であつたことは被告も認むるところで、その理由は公益法人は監督官庁の認可を受けて設立せられ、その目的たる事業自体が公益であり営利を目的とするものではない。原告は当初民法第三四条により財団法人として設立し、学校教育はもちろん社会教育のために服装に関する図書雑誌等の刊行をすることは寄附行為第三条に定められており、この目的事業は監督官庁の認可により公益事業と当初から認められてきたのである。即ち右出版事業が営利事業でないことは当局の認むるところで設立以来約三〇年にわたり、文化服装学院と称する学校を経営し、かつ学校及び社会教育のために本来の目的たる服装に関する図書雑誌を刊行し来り、学校卒業生十万余人に及び、今日の女子児童服装文化の普及に寄与して公益事業の目的を果し居り、社会もこれを認めているのである。この社会教育等が順次拡大して今日に至つたとしても、別段当初の目的達成のためにする事業に変化はなく、依然として公益事業そのものであることに変りはない。原告が学校法人に組織を変更したのは昭和二六年三月であつて、学校法人としての事業については営利を目的とする事業はあつても、財団法人中にあつては全く営利を目的とする事業ではなく、収益を目的とするものでもなかつた。よつて地方税法施行に当つては原告法人の如きは非課税であつたけれども、その後一部改正法律により収益を目的とする部分について課税することとしたものの、財団法人の如き元来公益法人につき所謂収益を目的とする事業の意義については疑義を生じ、昭和二五年一月一日を含む年度分については全面改正ある迄は徴収できないことにした。何となれば今迄は収益を目的としない事業として認めたものが急に法律の改正により収益事業と認められる不合理に因るものであり、かつ収益事業か否かの判定にも困難があつたといわなければならない。右の如き原告の事業が課税対象となるにつき疑あるため被告税務事務所長といえども昭和二九年一一月に至るまで課税処分をなし得なかつたのである右のとおり原告の出版物は本来社会教育の為ないしは学術研究普及等の目的であるから、昭和二七年六月法律改正に当つて学術の研究普及、家庭教育及勤労場所その他社会に於て行われる教育に資することを目的とする出版物は非課税となり本件出版物も現在非課税である。右の如き徴収猶予や現在非課税とされていることを合せ考えられば、同一目的事業でありながら本件事業年度は収益事業であり昭和二七年度は収益事業でないということはあり得ないから、本件事業年度の目的事業は収益を目的とする事業でなく純然たる公益事業であつたことが明らかである。利益の多寡によつて収益事業と見又は見ないとするのは、事業自体の問題とは無関係な事実によりその実体を見ることなく機械的に判断するもので合理的でない。

購売事業についても、ことごとく学生ないし連鎖校学生のために販売する教材ないし教習用品で、一般商品よりも数割安価に供給して居るもので、これ又収益を目的とする事業でないことは右出版物と同一である。

以上のとおり、出版物、購売事業はともに収益を目的とする事業ではないから、本件課税処分は全面的に不当なものといわなければならないが、仮りに全面的に不当といえなくとも少なくとも出版物に関する限りは不当である。昭和二四年法律第一六九号の一部改正法律当時も、全面改正された昭和二五年法律第二二六号も、ともに印刷業、出版業及びこれに類する事業に対しては原則的に課税されることになつているけれども、原告の出版物が必ずしも法律にいわゆる収益事業に該らないのであることは、現行地方税法(昭和二九年法律第九五号)にも同様原則的課税規定があり同法施行令第一〇条には右に類する事業を定めたにもかかわらず、同令第一六条に於ては非課税の種類を定めており(昭和二七年政令も同一)原告の刊行出版物もこれに該るとされていることからして明らかである。この明らかな事実並びに政令に徴しても、本件課税対象とされた出版物はこれを収益事業とみるべきものでないことはもちろんで、これを収益事業収入と認定課税したのは法の趣旨もしくは解釈を誤つたものといわなければならないから、少なくとも出版物売上利益金に対する課税は不当である。

財団法人並木学園の出版事業、物品販売事業が利益を残存せしめ、その収益を右法人の目的達成のために支出していることは認めるが、被告の主張する右財団法人の事業の実態なるものは否認する。被告の主張は収益のみに着眼した見方で、原告の目的を無視している。原告はあくまで営利目的でなく学校教育社会教育が目的なのである。収益唯その結果にすぎない。

2  仮りに以上の主張が理由がないとしても、原告の本件事業年度分の利益金額は一七、七七三、一七五円二三銭であるから本件課税決定中、課税標準額として右金額を超える部分は違法である。原告は、はじめ被告らの主張する課税標準額二一、四四一、二〇〇円を訴訟上認めたが、それは真実に反する陳述で錯誤に基いてしたものであるから、その自白を撤回し、一七、七七三、一七五円を超える部分は否認する。

原告の出版局利益金は、一六、六二一、〇一一円八八銭、購売局利益金は、一、一五二、一六三円三五銭である。すなわち、購売局利益金は被告ら主張の原告の決算書計上額と同一であるが、出版局利益金は、右決算書計上額一五、九三六、〇一一円、被告ら主張の寄附金否認額四七〇、〇〇〇円及び雑収入増加分二一五、〇〇〇円の合計額である。出版局について被告ら主張のような売上計上洩れはない。被告らが、その主張のような売上計洩れを算出したのは、原告が被告税務事務所長に提出した貸借対照表、損益計算書等(乙第二号証の一ないし六)は最終的な決算書類でないのにこれを基礎としたことと、印刷発行部数にとらわれたことによるのである。しかし出版局の利益金が原告主張のとおりであることは、原告の最終的な決算書である収支決算書(甲第二号証)損益計算書(同第三号証)、元帳(同第四号証)に記載のとおりである。出版局利益金の計理方法は、雑誌出版物は翌月号を既に前月中に刊行発売するものであるから、号数の如何にかかわらず、その月分の売上をもつてその月分とし、その後の返本を差引き計算するもので、その月々の売上返本を計算の基礎としているものである。被告は発行部数を基礎とし配本より返本を差引き残りを売上として計算した外、他面原告の発行部数月号に無関係の売上部数に右残部を加算し号別売上としてその差を計上洩れとして計算したもののようであるから、原告と被告との計算の不一致は当然である。しかし被告の計算が基本的資料に拠らない独善的のものであることは、返本以外に発行部数全部が売上されたと考えなければ被告の計算は成立たず、発行部数全部が売切れなどということは常識上考えられないことからして明らかである。

四、よつて被告らのなした本件各決定の取消を求める。

被告は、主文と同旨の判決を求め、答弁及び被告の主張として次のとおり述べた。

一、原告の主張第一、二項の事実は認めるが、第三項は争う。

二、被告らのした本件各決定はいずれも適法なものである。

1  本件課税処分の法律的根拠

(一)  昭和二四年五月三一日法律第一六九号「地方税法の一部を改正する法律」により、地方税法(昭和二三年法律第一一〇号。以下旧法という。)第六三条第一項中「民法第三四条の法人を除く」とあつたのが「第三四条の法人及び宗教法人を除く。但し収益を目的とする事業を行う部分についてはこの限りでない。」と改正され、この適用は、右改正法附則第二項により昭和二四年度分の地方税からとされた。その結果昭和二四年度分からは民法第三四条の法人に対しても事業税を課せられることとなつた。さらに、昭和二九年法律第九五号による改正前の現行地方税法(昭和二五年法律第二二六号。以下改正前の新法という。)は、第七四三条第二号に前記と同趣旨の規定を設け、民法第三四条の法人の収益を目的とする事業を行う部分を非課税範囲から除外した。そして同法第七四〇条によつて、昭和二五年一月一日の属する事業年度はこれに該当する。)は昭和二五年度分とされた。なお、右改正前の新法の適用は、同法附則第一項により昭和二五年度分からとされた。よつて財団法人並木学園の昭和二五年一月一日の属する事業年度にかかる事業税は、旧法の体系によつても課すべきであつたところ、改正前の新法の公布施行(昭和二五年七月三一日)により、昭和二五年度分として改正前の新法によつて賦課したものである。したがつて、本件賦課処分が原告の既得権を侵害するものであるとする原告の主張は失当である。

原告の主張する昭和二五年法律第五〇号「地方税法の一部を改正する等の法律」は、シヤウプ勧告に基く地方税体系の全面的改正が国会の都合等により昭和二五年四月一日を期して施行することが不可能となつたため、全面的改正が施行される迄の過渡的措置として、昭和二五年度分の地方税の徴収を一時停止した規定であつて、原告主張のような当該年度分の地方税の納税義務を消滅させたものではない。したがつて、昭和二五年度分の事業税については、現行地方税法(昭和二五年法律第二二六号)の施行により、同法附則第二項の規定で前記「地方税法の一部を改正する等の法律」を廃止し、その徴収停止を解除すると同時に同法第七四〇条、第七四三条、附則第一項の規定で課税処分をすることができるようになつたので被告税務事務所長がこれをしたものであるから、なんら原告の財産権、既得権を侵害するものでない。

原告は又、昭和二五年政令第二四五号附則第一項の規定により、原告の本件課税対象である昭和二五年一月一日の属する事業年度については右政令の適用がなく、したがつて本件課税は違法であると主張するが、右附則は右政令の適用につき規定したものであり、地方税法の適用を規定したものではない。本件課税処分はあくまでも地方税法の規定によつて課税をしたものである。かつ、右課税処分につき地方税法施行令を適用する必要がある場合は、右政令第二四五号附則第三項の規定により旧地方税法施行令の例によつたのであつて、原告の指摘する同令附則第一項は右処分にはなんら関係がないものである。したがつて、この点についての原告の主張も理由がない。

(二)  原告は、財団法人並木学園の出版事業、物品販売事業は、法人の目的達成のための必要行為であつて、収益を目的としたものでないから、課税すべきではないと主張する。しかし、地方税法は昭和二三年度までは公益法人の収入に対しては全面的に非課税としていたが、昭和二四年度より公益法人の収益を目的とする事業からの収入に対しては課税するように改正された。このことは、収益を目的とする事業が、本来の公益を目的とする事業に比して著しくなり、公益法人の行う事業との理由のみで非課税とすることが、同種の収益事業を行つている営利法人に対する課税との間に不均衡を生ずるに至つたので、これを是正するためであつた。元来民法第三四条の公益を目的とする法人が、法人本来の公益を目的とする事業の外に、その事業経営の資金を獲得するための手段として収益を目的とする事業を営んでも、直ちに当該法人の公益を目的とする本質に反することにはならないのであつて、そうとするならば、前記のごとく地方税法において法人本来の目的事業の外に収益を目的とする事業を客観的に認定し(改正後の現行地方税法―昭和二九年法律第九五号―では、政令に収益事業の範囲を規定している。)、その収入に対して課税することとしても、なんらこれによつて支障を来すものではない。これを財団法人並木学園の行なつた出版事業、物品販売事業についてみると、それが利益を残存せしめ、その収益を右法人の目的達成のために支出していることは原告もこれを認めているところであり、又この事業の内容を客観的に判断すれば、同種の事業を行つている営利法人に比し特に差異あるものではない。即ちこのことを更に詳言すれば、原告の図書雑誌の刊行等のうち、服装に関する図書雑誌の発行事業等、代金の収得を目的として継続的に広く一般公衆に有料頒布している一般営利法人の行つている出版事業とかわらない収益を得ている。その実態を本件課税対象となつた昭和二五年一月一日の属する事業年度にかかる右発行事業の損益計算書(乙第二号証の二)により検討すれば、売上差益(粗利益)率は三三%、純利益は千五百万円(その後の調査の結果二千万円)を越えており、このような率、利益は、他の一般営利法人の行う同種の事業の率、利益と比較して、ほとんど差異がないばかりか、かえつて上廻つていることを示している。又原告の右発行事業によつて頒布される図書等は、原告の経営する学園の生徒等原告の文化目的達成のための会員等に配布するための会報、その他これに準ずる出版物ではなく、一般公衆を対象としているものであり、(甲第九、第一〇号証参照)、それらを頒布の結果前述のような利益をあげているのである。そうとすれば、この点からしても右事業は収益を目的としている事業であると認定せざるを得ない。なお、原告が右発行図書等を原告の経営する学図生徒等関係者に一般市場価格より低廉で頒布している場合があるが、その頒布価格は右発行図書等の一般小売価格より下廻つている場合があつても、それが卸売価格又はそれをさらに下廻る実費(原価)で頒布していることはないのであり(仮りに実費を下廻つて頒布する場合があるとしても、それを含めてなおかつ前記のような利益をあげていることを考えれば、)、このような一般小売価格を多少値引している事実が他の営利法人にもしばしばみうけられる商慣行であることよりして、これらのことのみとらえて、その場合は収益を目的としたものでなくて公益事業であるということはできない(もつとも、原告の収益目的事業に対し、課税するか、非課税とするかは立法の問題であつて、これら事業が非課税となることが直ちに収益を目的とする事業でないということではない。)。以上のとおり、原告の発行事業が直ちに原告の文化目的達成に必要な事業であるならばその頒布価格はすべて実費又は一般営利法人に比して低利率でなすべきであるにかかわらず、前記のような実態からして、被告らが、原告の図書雑誌の刊行事業等を収益を目的とする事業と認めたことはなんら違法でない。

原告主張のように、昭和二七年一月一日の属する事業年度分以降、原告の出版刊行物について非課税扱いとなつた事実は認めるが、それは昭和二七年法律第二一六号をもつて地方税法の一部が改正され、同法第七四三条第七号に「学術研究、学校教育、社会教育等に関する出版物を発行する出版業で政令で定めるもの」と規定されたことにより非課税範囲が拡大され、右規定をうけた地方税法施行令(原告の主張する昭和二七年政令第三二六号)第三条の四第六号「もつぱら家庭教育及び勤労の場所、その他社会において行われる教育に資することを目的とする出版物」の規定に該当するとして非課税扱いとなつたものである。したがつて、右非課税とした事実は、原告の収益事業のうち出版業は、公益的色彩があると認めて非課税扱いとしたにすぎないものである。そしてこのことは、他の一般同種の営利法人の行う事業についても同様に扱われることになつたのであつて、このことをもつて原告の出版事業が収益事業でないと認めることとはならないのである。

したがつて、被告税務事務所長が、右出版事業等を客観的に収益を目的とする事業と認定し、地方税法の課税要件を充たすものとして本件課税処分をしたことは違法でなく、原告の異議申立を棄却した被告知事の処分も違法ではない。

2  本件課税標準額の算定

本件課税標準額は二一、四四一、二〇〇円である。これに関する原告の自白の撤回には異議がある。

なお右課税標準額の決定の経過は次のとおりである。即ち、昭和二八年夏頃被告税務事務所長は、原告の課税洩れを発見し、原告に対し本件事業年度分の収益事業にかかる賦課資料の提出を求めたところ、原告は昭和二九年春頃に至つて原告の出版局及び購売局の本件事業年度分の貸借対照表、損益計算書等(乙第二号証の一ないし六)を提出した。同被告は、原告提出の右資料を基礎として課税標準額を算出するため、原告の収益事業にかかる帳簿書類等を調査したところ、原告の出版局について、出版物の売上計上洩れ三、八八三、〇八〇円及び寄附金中否認すべき額四七〇、〇〇〇円を発見した(乙第一号証の三)。そこで同被告は、本件課税標準となるべき所得を、(1)原告提出にかかる前記資料による出版局及び購売局の決算書計上利益合計額一七、〇八八、一七四円(出版局一五、九三六、〇一一円八八銭、購売局一、一五二、一六三円三五銭)に、(2)前記売上計上洩れ及び寄附金否認額の計四、三五三、〇八〇円を加算した合計額二一、四四一、二五四円と認定したものである(乙第一号証の一、二)。

(証拠省略)

理由

一、原告が、私立学校法の施行に伴い昭和二六年三月同法による学校法人に組織変更を行うまで、民法第三四条の法人として、その寄附行為の定めるところにより、女子に必須な服装に関する知識技能を授け兼ねて婦徳を涵養することを目的とし、その目的達成のため、文化服装学院の維持経営、服装に関する図書雑誌の刊行、服飾雑貨の販売等の事業を行つていたこと、被告税務事務所長が原告に対し、その主張の頃、原告の右財団法人当時の出版事業及び物品販売事業をもつて収益を目的とする事業なりとして、本件事業年度分につき原告主張のような内容の事業税賦課処分をなし、これに対する原告の異議申立を、その主張のように被告知事が棄却したものであることは当事者間に争がない。

二、原告は、本件課税処分は原告の既得権を侵害する旨主張するので先ずこの点から考えてみる。

事業税の納税義務者に関しては、旧地方税法(昭和二三年法律第一一〇号)第六三条第一項に「事業税は法人(民法第三四条の法人を除く。)の行う事業並びに個人の行う……事業に対し所得を標準としてその法人及び個人にこれを課する」旨規定されていたが、昭和二四年五月三一日法律第一六九号(同日施行)により、第六三条第一項中「第三四条の法人を除く。」を「第三四条の法人及び宗教法人を除く。但し、収益を目的とする事業を行う部分については、この限りでない。」に改める旨改正され、同法附則第二項によりこの法律は昭和二四年度分の地方税から適用するものとされたので、同年度分からは民法第三四条の法人に対しても収益を目的とする事業を行う部分については事業税を賦課し得ることとなつたわけである。ところで昭和二五年三月三一日法律第五〇号(同年四月一日施行)は、その第二条において、都道府県は昭和二五年四月一日以後において地方税法の全部を改正する法律が制定施行される日までは、昭和二五年度分の事業税(法人に対する事業税については昭和二五年一月一日以後に終了する事業年度分)………を徴収することができない旨規定したが、これはシヤウプ勧告に基く地方税法の全面的改正が昭和二五年四月一日を期して施行することが不可能となつたため右施行がなされる迄の暫定的措置として昭和二五年度分の地方税の徴収を一時停止した規定にすぎず、もとより右年度分の地方税の納税義務を消滅させる趣旨のものではなかつたから、昭和二九年法律第九五号による改正前の新地方税法(昭和二五年七月三一日法律第二二六号。同日施行)は、附則において、旧地方税法及び右昭和二五年法律第五〇号を廃止するとともに経過措置として旧地方税法の規定に基いて課し又は課すべきであつた地方税(法人の行う事業に対する事業税にあつては、昭和二五年一月一日の属する事業年度の直前の事業年度以前の分……)についてはなお旧地方税法の規定の例による旨、この法律は昭和二五年度分の地方税から適用する旨それぞれ規定し、その第七四〇条において、昭和二五年度とは法人にあつては昭和二五年一月一日の属する事業年度から昭和二六年一月一日の属する事業年度の直前の事業年度までの間の事業年度分を指すものとし、なお民法第三四条の法人等に対する事業税につき第七四三条第二号において、収益を目的とする事業を行う部分を非課税の範囲から除外する旨旧法と同趣旨の規定をなしたのである。

してみれば、財団法人並木学園の昭和二五年一月一日の属する事業年度(本件事業年度はこれに該る。)にかかる事業税は、前記改正前の新地方税法の公布施行により同法に基き昭和二五年度分として適法に賦課し得るものであることは明らかであり、しかも、本件事業年度は右新法の公布施行以前である同年三月三一日終了しているため右新法は遡つて本件事業年度に適用される結果となるけれども、このような事業税は右新法によつて新に創設されたものではなく旧法下においても財団法人の収益事業に対し課すべきものとされていたこと前記のとおりであるから、これがため原告の既得権(非課税権)を侵害したことにはならない。原告は又、財団法人の収益事業に対し課税することとした昭和二四年法律第一六九号の施行は同年五月三一日であるから、本件事業年度中少なくとも右五月三一日迄の所得に対する課税は違法である旨主張するが、この点につき問題が全くないわけではないにしても、事業税の性質上一ケ年を通じて課税するものであるからこの程度の遡及も違法とするには足らず又納税者の既得権(非課税権)を侵害するものともいえない(益金のみでなく損金も当該事業年度を通じて考慮される)から、この主張も理由がない。

三、原告は、財団法人並木学園の行つた出版事業、物品販売事業は収益を目的とする事業に該らないと主張するので、次にこの点について考えてみる。

民法第三四条の公益法人の所得に対しては地方税法は本来課税をしないことを立前としてその目的とする本来の事業を保護しようとの態度をとつているのであるが、公益法人であつてもその本来の事業であるいわゆる公益事業を遂行するための資金を得る目的で、もしくは本来の事業に附随し、その他種々の理由でこれと同時に収益事業を行つているものがあり、その場合その収益事業そのものを観察すれば一般法人の行う営利事業と択ぶところがないから、この収益事業から生じた所得に対し公益法人の行う事業という理由で課税しないとすることは、公益法人本来の目的である公益事業の保護とは別に、同種の収益事業を行う営利法人との関係で不公平になるので、これを是正するため地方税法においては昭和二四年度から、法人税においては昭和二五年四月一日以後に終了する事業年度分から、それぞれ公益法人の行う収益を目的とする事業から生ずる所得に対し事業税及び法人税を課することとなり、ただ昭和二九年一月一日の属する事業年度の直前の事業年度分までの事業税においては、法人税及び昭和二九年一月一日の属する事業年度以降の事業税が収益事業の範囲を限定列挙してある(地方税についても法人税についても、出版業、物品販売業は収益事業に該るものとしてともに列挙されている)のと異なり、法人ごとに事業内容を精査し収益事業と客観的に認められる事業に対して課税するものと予定されているのであるが、立法の趣旨においては彼此相異するところはないものと考えられるのである。

したがつて、財団法人並木学園が昭和二四年四月一日から昭和二五年三月三一日までの本件事業年度に行つた服装に関する図書雑誌の刊行、服飾雑貨の販売等の事業について、それが収益を目的とする事業に該るものか否かは、これを行う同法人の主観にかかわらず、その事業の実態、収益事業に対する課税規定の立法趣旨その他社会通念に従つて判断すべきものであるところ、同法人の行う服装に関する図書雑誌の発行が対価を得て継続的に行われ、服飾雑貨の販売行為とともに、同法人の経営する文化服装学院の生徒のみを対象とせず一般公衆をも対象として行われたものであること、これらの頒布、販売によつて同種の一般営利法人と大差のない売上利益率、純利益をあげたものであることは、成立に争ない甲第九号証、同第一〇号証、証人猪俣千七郎の証言に、原告が主張する純利益金額及び原告が右同法人の本件事業年度にかかる最終決算書類であると主張する甲第二号証、同第三号証の一ないし三を合せ考えてもこれを肯認することができるから、同法人のこれら事業はいずれも収益を目的として行う事業であると認めざるを得ない。

なお、成立に争ない甲第一号証、同第一二号証によれば、財団法人並木学園が昭和二六年三月学校法人に組織変更した際、変更前の財団法人並木学園の寄附行為に規定してある目的達成のための事業のうち、組織変更後の学校法人並木学園の寄附行為の公益目的達成事業としては文化服装学院の設置を、私立学校法第二六条に規定する事業(収益事業)としては服装に関する図書、雑誌の刊行及び学校用品、日用品等の販売とにわけたものであることが認められるが、右組織変更の前後を通じて出版事業、物品販売事業の実態にはなんら変化がないことは弁論の全趣旨から明らかであるから、財団法人当時行つていた事業が法人格の変更と同時に事業の性質を変更し私立学校法第二六条の収益事業に初めてなるものと解するのは相当でなく、この点からも、その事業は財団法人当時から収益事業であると解するのが相当である。

原告は、およそ、公益法人のなす事業は収益を目的とする事業ではありえない旨主張するようであるが、公益法人であつても、その本来の公益目的を達する手段として収益を図ることは、いわゆる営利とは自ら異なるものであつて、公益法人の本質に反しないから、公益法人がこのような行為をすることは妨げない。だからこそ法人税法及び地方税法も公益法人が収益事業をなすことを予定してこれに対する課税規定を設けているのである。又、原告主張のように、昭和二七年一月一日の属する事業年度分以降、原告の出版業については事業税が非課税扱いとされていることは被告らも認めるところであるが、それは昭和二七年法律第二一六号をもつて地方税法の一部が改正され、事業税の非課税範囲に関する同法第七四三条第七号に「学術研究、学校教育、社会教育等に関する出版物を発行する出版業で政令で定めるもの」と規定され、これをうけた昭和二七年政令第三二六号の第三条の四第六号に「もつぱら家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育に資することを目的とする出版物」と規定されたことにより非課税範囲が拡げられ、この規定に該当するものとして非課税扱いとなつたものにすぎないと考えられるのであり、そしてこの非課税範囲の拡大措置は、そのような事業は公益的色彩を有するからそれを行う者が公益法人であると一般営利法人であるとを問わずおよそそのような事業に対しては立法政策上非課税とするのが相当としてなされたものであるにすぎないから(国税たる法人税についてはこの非課税範囲の拡大措置はとられていない)、たまたま原告の出版事業が右規定の適用により事業税につき非課税とされたからといつて、それは右出版事業がもともと収益事業に該らないからであるとすることができないことは明らかである。

四、そこで次に本件事業年度の課税標準額の当否について考えてみる。

原告は本訴で、被告らの主張する課税標準額二一、四四一、二〇〇円を認めたにかかわらず、後に、右自白は真実に反するもので錯誤に基いてしたものであるからこれを撤回し一七、七七三、一七五円を超える部分は否認する旨主張している。ところで原告の右主張の訂正が錯誤に基いたものであるかどうかの点は別として被告らの主張する右課税標準額は、財団法人並木学園のそれぞれ独立の計理部門である出版局及び購売局の各利益金の合計額であるが購売局の利益金が一、一五二、一六三円三五銭であることについては元来当事者間に争なく、争点はもつぱら出版局の利益金額の如何にあるところ、原告は、出版局利益金は一六、六二六、〇一一円八八銭にすぎず被告主張のような売上計上洩れはない旨主張するのであるが、原告が本件事業年度出版局の最終的決算書類であると主張する甲第三号証の一(損益決算書)に計上されている雑誌「装苑」をはじめとする雑誌、図書の売上金額、右損益決算書の基礎となつたものと認められる甲第五号証の一、二(損益内訳帳)並びに甲第七号証の一、二(昭和二五年二月分売上伝票)及び甲第八号証の一、二(同上月分収支伝票)の各記載内容は、以下に認定するような事実と合せ考えると、右出版物の真実の売上部数、金額の全貌を伝えるとは認め難いものがあり、証人金子恵子、同飯野晴夫、同金子利男の各証言を総合してもなお、出版局利益金額に関する原告の前記自白が真実に反するものなることを認めるに足りないのである。即ち、証人桑原尚、同猪俣千七郎、同金子利男(一部)の各証言並びに証人桑原の証言により同人の作成にかかるものと認める乙第一号証の二、三、証人猪俣の証言により成立を認める乙第三号証ないし第五号証によれば、被告の部下職員である桑原尚等が昭和二九年一〇月頃原告方に於て本件事業年度の課税標準額を調査したところ、出版物につき、号数を追つて発行されるものについても号別を区別することなく日々の売上、返本が記張されていたものの、この記帳の正確性を検討するために、例えば最も発行部数の多い雑誌「装苑」については、昭和二四年四月一日から昭和二五年三月三一日迄の間に配本した部数及び返本された部数を配本部数は原告方備付の倉出し伝票で、返本部数は原告方係員の提出した号別返本一覧表で、それぞれ確認して号別に集計し、その差部数を売上部数としてこれを算出したところ、原告記帳の売上部数よりも相当数多かつたのでこれを売上計上洩れと判断し、その他の出版物(子供服、男子服、婦人服、スタイル)についても、同様の方法で調査したところでは原告の記帳よりいずれも多い売上部数を算出する結果となつたのでこれを売上計上洩れと判断したものであることが認められ、右調査の時期からして当時において今後なお返本分が追加されるというようなことは考えられないことからすれば、原告の記帳部数との差部数は、右桑原等も判断したように、売上計上洩れであると一応認めざるをえないのである。

してみれば出版局の利益金額は、他にこれを覆すに足る証拠のない本件では原告において自白した被告らの主張額のとおりといわざるをえないから、被告らのなした本件課税標準額の算定は、違法なものということはできないい。

五、以上のような次第で、被告税務事務所長のした本件課税決定は違法なものといえず、したがつてこれを容認した被告知事の本件決定も同様違法といえないから、原告の本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 下門祥人 桜井敏雄)

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